まだ、バブルがはじけていない頃の話です。
父と母が結婚三〇周年というおめでたい節目の年でしたので、私はボーナスをふんぱつして北海道旅行をプレゼントしました。
北海道の食べ物はどれも美味しかったらしく、毎日電話してきてはトウモロコシを食べたとか、いくらが美味しかったとか、留守番しているこっちはおなかがグーグーなるような話をしてくれました。
食欲の秋に北海道に行ったということもあり、美味しい物いっぱいの北海道旅行を満喫している父と母は、食べることが嬉しくてたまらないようでした。
「ほんとよかった」という喜びの声を聞き、プレゼントした私も幸せな気分になれました。
一週間の旅行ですが、父と母はその何十倍も旅行を満喫しているようでした。
さあ、今日は何を食べたのかと私も夜になると父と母から電話が来るのが楽しみになってきていました。
ある夜、弾んだ声で母から電話がかかってきました。
「とっても美味しいのよ~。今まで食べたことがないぐらい美味しくて、ほんと食べさせてあげたいわ、毛ガニよ毛ガニ!」と食べている最中に電話をかけてきました。
食事中に電話をするほど美味しかったのでしょう。
「それは良かったね、ゲーが出るほど食べてきてね」と返事をしました。
母は、「あなたが旅行をプレゼントしてくれたおかげよ。お土産に買ってクールで送るわ。」といって電話を切りました。
さあ一週間の旅行を終え帰ってくる父と母と、かに、どちらが早く帰ってくるのかとワクワクして待っていると、早かったのは父と母でした。
その日のうちにかにも到着し、さっそく試食会です。
高かったから、あまり大きい毛ガニは買えなかったという言葉通りの大きさではありましたが、毛ガニは毛ガニです。
なべにお湯を沸かし湯がくと、茶色っぽかった毛ガニがさーっと赤く染まり、見ているだけで美味しそうです。
けれど、食べた父と母は?という顔をしていました。
もちろん私には十分美味しい毛ガニで、プリプリしていて美味しかったのですが、北海道で食べた毛ガニはもっと美味しかったというのです。
「はずれを買ったのかも…」という母に「そんなことはない。美味しいよ」という私。
そういえば、美食とは、雰囲気、見た目もとっても大切なのだと以前本で読みました。
父と母が食べた毛ガニとは味が違うのは、たぶん、北海道という土地で食べたからなのでしょう。
空気も風景も、毛ガニの美味しさを百二十倍も引き立てたのでしょう。かにの通販で買ってもその辺がやっぱり微妙なんですよね、きっと。
次は一緒に北海道に行って、北海道で毛ガニを食べたいなと思わせてくれる一件でした。