じいちゃんが亡くなってから、うちでは市販のゆでカニを食べるようになりました。
じいちゃんが元気だったころは、カニ担当はじいちゃんでした。
カニをゆでて、さばくのですが、家族の中で一番上手なのがじいちゃんだったのです。
「カニにはゆで方、さばき方があるんだよ。美味しく食べるには方法があるんだよ」
と、じいちゃんは言いながら、面倒くさがることなく楽しそうに作業をしていました。
カニゆで・カニさばきの名人であるじいちゃんがいるから、毎年冬になると、北海道からカニを取り寄せることができました。
死んだばあちゃんも、じいちゃんのゆでるカニが大好きでした。
「店で食べるカニとは違う。じいちゃんのが一番おいしい」
と、ばあちゃんはニコニコしながらたくさん食べました。
確かに、じいちゃんはコツを掴んでいたのだと思います。
わたしも大人になり、仕事をするようになってから、外食する機会が増えたのですが、どこの料理屋で出されるカニも、昔じいちゃんがゆでてくれたカニには勝てません。
わたしは、カニについては、舌が肥えているのだと思います。
これは、じいちゃんのおかげです。
じいちゃんは、70代に入ると病気がちになりました。
やがて、入院続きになり、その頃になると、うちではもう、冬になっても北海道からカニを取り寄せることはしなくなりました。
カニが食べたくなったら、母が市販の、ゆでて、さばかれて、食べるだけになった状態のカニを買って来ました。
「美味しくないね」
と、わたしが思わず言うと、母は怖い顔をしてにらみました。
「そんなことを言わないの！」
「だって、じいちゃんのカニのほうが美味しいじゃん・・・」
わたしはブツブツ言いながらも、結局はカニを平らげました。
じいちゃんが亡くなったという知らせを聞いた時、わたしは家にいました。
呆然として、がらんとした台所の、じいちゃんがいつも使っていた大きな鍋を眺めました。
ああ、もうこれでカニを調理することはないんだな、とぼんやりと考えました。
ひたすら寂しく、心に空洞ができたようでした。
家族を亡くすとは、一緒にいた時間と同じだけの時間をかけて、心にあいた空洞を実感してゆくことなのだと思います。
じいちゃんが亡くなった日から、ずいぶん経った今でも、わたしはじいちゃんを家族だと思っています。
そして、もういないじいちゃんの大切さを、日増しに感じているのです。
家で、母が買ってくるゆでカニを食べる時も、外食でカニ料理を食べる時も、わたしはじいちゃんを思い出します。
「美味しく食べるには方法があるんだよ」
と、言っていたじいちゃんの声、目の表情などを、今でも鮮やかに思い出すことができるのです。