私の実家は、日本料理店を営んでいました。
ですから、子供の頃から懐石料理等の日本食は普段の食事として親しんでいました。
何人もいる料理人の中で、今日は誰が出汁をとったのかも、すぐに解ってしまいます。
今日のお刺身は誰がひいたのかも当然、わかります。
それぞれ、同じようにやっていても、色々な癖をもっているものです。
「違いの解る男」といったキャッチフレーズのコーヒーのコマーシャルがありましたが、「違いがわかる」事が果たしていいのかどうか?と思う事もあります。
違いがわからず、どれも美味しく感じられたら、それが一番幸せではないか?と思うからです。
ある時、店の献立を考えている時に、「かにしゃぶ」をする事になりました。
「かにしゃぶ」ですから、生のかにのあしを沸騰した出汁でさっと茹でていただきます。
もともと美味しい食材ですから、どうやってもおいしいのでしょうけれど、それを更に美味しく、貴重な献立にしてゆきます。
この献立は、私が一番好きな料理人と取り組む事になりました。
つけだれも勿論ですが、「しゃぶ」というくらいですから、
だし汁が重要になります。
その料理人は2種類のだしを作ってきました。
ひとつは、シンプルな昆布だし。
シンプルとはいえ、例えようも無い深みと繊細さのある出汁でした。
もう一つは、昆布出汁をベースにしながら、味付けをしっかりつけ、とろみもつけた出汁です。
どちらもおいしいですが、繊細なかにの身を頂くのに、私は個人的には、昆布だしが好きでした。
料理人本人もそうでした。
でも、献立としては、味付けととろみのある方のだしを使う事にしました。
その方が、誰にもわかる美味しさですし、貴重感を演出できるからです。
本当に、昆布の違いが解る人ばかりならば、いかに、そのシンプルな昆布だしが貴重さがわかるのですが。と残念に思いながら。
そんな風に繊細な味に慣れ親しんだ私が、アメリカで暮らしています。
日本から、こんぶも持ってきましたし、自分で調理するので、不自由はないですが、面白い事に、食材自体の味が、アメリカの方が日本よりも濃いのです。
かににしても、肉にしても、です。
そして、水も違います。
そうなると、必要になるベースのだし、アメリカで言えばブイヨンが変わってきます。
昆布だしは大好きなので、今も作っていますが、それに加えて、野菜だけで作ったブイヨン、鶏のブイヨン、牛、豚、と色々工夫しています。
世界中に美味しい食材があり、空気や水が変化する中で、自分や家族や友人が満足できる美味しい味を、これからも求めて行きたい物です。